人生の厳しさ。(blog)

2015/04/14

45ca00c5659e733173312e58ea83e847

最近は、ごく最近は、対人恐怖症があまり出ていない。

私の人生では、それが顕著に表れている時と、あまり出ていない時がある。
「緊張状態」と言うと、「誰にだってあるでしょ」と感違いをする人もいるが、いちいちそれを説明したとしても、時間と労力の無駄なので、
まぁそういうことにしておいてもらっても構わない。

いつまでも誰かのせいにするほど若くもない。
自らネガティブな感情に浸れるなんて、心に余裕のある人だと思う。

 

今までやってきた仕事を、目指していた道を逸れようかと思い始めている。

例えその以前の仕事が、
自分に向いていなかったとしても、好きなことだったから、人一倍努力して、もっとその仕事ができるようになりたいと願ってきた。

だけど今は挫折してしまっている。
今まで必死で勉強してきたのに、実家に帰ってから、何故だか突然、それをやめてしまった。

むしろ、ものすごく苦痛を感じるようになってしまった。

 

もしかしたら、また始めるかもしれないし、もう二度とやらないかもしれない。
ただ、本当に私はそれが好きだったのかどうか、自分にとって負担だったのだろうか、
今となっては分からない。

 
 

新しい道はもう決めている。
一度それをやってみて、ダメだったらまた、挫折してしまった道へ戻り、やり直すかもしれない。
人生はそんなに甘くはないと言う人もいるだろう。

だけどたまには道を逸れるということも、ありかもしれないと思った。

対人緊張が顕著に表れている時は、接客業など、とてもじゃないけどできない。
外へだって出れないくらいだ。

だけどもう一度、それをやってみようと思う。

頑張れって言う人もいる。
頑張りすぎるなって言ってくれる人もいる。

ただ私は、人の言うことを、聞き流すすることにした。

 

性格の問題だけだったなら、努力しようがある。

人生から逃げている、人生そんなに甘くはないと言う人もいるかもしれないが、私は自分自身の現実の厳しさを感じている。

 

「楽しいと思うことを選んで、やっていけばいい」と語る人がいた。

私にはそれがないと思っていた。
だから、それが出来ないと思っていた。

何故、私は、「自分が好きだとか、楽しいと思うことがない。」と感じていたのだろう。
自分にはそんなものがないと、向いている職業がないと思っていた。

今となっては不思議でならない。

無理だと思っていたジャンルの職業を、また始めようと思ったのは、自分の人生に、少し自信を持てたからかもしれない。

いや、もしかしたら今まで志していた道から逃げたいと思ったのかもしれない。

 

今はとにかく、好きだと思う道を選んでみようと思う。

人生はいつでもやり直しができると思いたい。

もちろん「死ぬ」ということではない。

人生を「リセットする」と言う意味ではない。
それを選んでしまった、過去の自分にそう示したい。

 

私をよく知る人は、私の躁状態が、とても酷いことを懸念している。

私はそう言われ、それに気が付いたが、今はそれをどうしたら良いのか、分からずにいる。

躁状態にある時は、まっしぐらにそれに向かってしまう。
立ち止まってみようと試みているが、これ以上どうすればいいのか分からない。

 

大事な人に、「とりあえず寝てくれ」と言われた。

 

私は今の状態が永遠に続くことを願っている。

鬱状態がもう二度と来ないような、万能感を感じている。

 

私はもう二度と、長期間引きこもったりしたくないし、職なしにもなりたくない。
家のことだけやっていれば良いとは到底思えない。

私は私の人生をどうにかしたいと感じている。
例えそれが一瞬の出来事だったとしても。

いつかはあれが、晴れることを願っている。

 

 

↓応援して頂けると嬉しいです(*´∀`)

ブログランキング・にほんブログ村へ

いつもコメントありがとうございます!
是非遊びに行かせてもらいます(*´∀`)

スポンサードリンク
スポンサードリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存
スポンサードリンク
スポンサードリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です